リード文
福岡県南西部に位置する大川市は、古くから筑後川の水運と豊かな自然に恵まれた土地です。家具の生産地として全国的に知られる一方、歴史的な建造物や文化施設も数多く存在し、豊かな文化と伝統を誇ります。本記事では、大川市の魅力を地理、歴史、産業、観光スポット、文化など様々な角度から紹介します。
地理
大川市は福岡県の南西部、筑後地方に位置し、筑後川が市域の西側を北東から南西へと流れています。市の中心部を花宗川が流れ、筑後川へ注ぎ込みます。
市域と地形
市域は筑後平野の一角をなしており、地形は全体的に平坦です。東端は中八院、西端は大野島、南端は紅粉屋、北端は道海島となっています。
河川と橋
筑後川、花宗川、新橋川、大堂川、早津江川、黒津江川、佐賀江川などの河川が流れ、市域を潤しています。筑後川には大川橋、筑後川昇開橋、新田大橋、鐘ヶ江大橋など、花宗川には花宗橋、新花宗橋、明治橋、花宗大橋、えのつ橋、酒見橋、入道橋など、早津江川には早津江橋など、多くの橋が架かっています。
島
市域内には大野島と道海島という2つの島があります。大野島は筑後川の河口付近に位置し、かつては干拓によって形成された島です。道海島は花宗川の河口付近に位置し、小さな島となっています。
隣接する市町村
大川市は福岡県久留米市、柳川市、三潴郡大木町、佐賀県佐賀市、神埼市に隣接しています。
人口
大川市の人口は、2024年7月1日時点で推計人口30,860人、人口密度は918人/km²となっています。近年は人口減少が進んでいますが、市は様々な施策で人口減少対策に取り組んでいます。
歴史
大川市の歴史は古く、戦国時代には筑後国柳川城主の蒲池氏の領地でした。1601年に関ヶ原の戦いの後、田中吉政の領地となり、大野島の干拓が始まりました。1889年の町村制施行により、大川町、田口村、川口村、木室村、大野島村、三又村の1町5村が成立しました。
江戸時代以前
- 1537年頃:榎津久米之介の伝播により、木工が始まる。
- 1587年:筑後国三潴郡は、三池郡・山門郡とともに立花宗茂の領地となる。
- 1601年:
- 宗茂が関ヶ原の戦いで敗れた西軍についたため改易され、三潴郡は田中吉政の領地となる。
- 大野島の干拓が始まる。
- 1611年:吉政の死去により、田中忠政が継ぐ。
- 1620年:忠政の死去後、嗣子不在のため、武家諸法度に基づき領地を没収された。筑後国北部は有馬豊氏に、南部は大名に復帰を許された立花宗茂に受け継がれる。
- 1751年:若津港を築く。
近代
- 1871年:廃藩置県により三潴県設置。
- 1872年:三潴県庁を榎津に庁舎を設置するも、まもなく若津に移転。翌年久留米(両替町)へ移転。
- 1876年:三潴県が廃止され、福岡県となる。
- 1885年:三潴郡役所を犬塚村生岩から榎津町に移転。
- 1889年:
- 4月1日、町村制施行により現在の市域にあたる大川町、田口村、川口村、木室村、大野島村、三又村が成立。
- 大川鹿島線(現在の国道208号線)が開通。
- 1890年:
- お雇い外国人のオランダ人技師ヨハニス・デ・レーケにより、筑後川の中央部に導流堤が造られる。
- 郡制発布。
- 柳河区裁判所榎津出張所設置。
- 1891年:中原〜水入町間の道路(現在の福岡県道768号新田榎津線)が開通。
- 1898年:大川町役場が新築される。
- 1909年:
- 三潴軌道(榎津駅〜羽犬塚間)敷設。
- 大川町に電灯と電話が開通。
- 1912年:大川鉄道の若津駅〜久留米縄手駅間が開通。
- 1913年:大正橋架橋。
- 1914年:三潴軌道支線の若津〜柳川間が開通。
- 1916年:若津港が県営河川港となる。
- 1921年:大川鉄道が明治橋駅まで延伸。
- 1923年:江之津橋架橋。
- 1927年:花宗橋架橋。
- 1933年:国鉄佐賀線に筑後大川駅開設。
- 1935年:
- 佐賀線が全通。
- 同時に昇開橋架橋。
- 1938年:
- 佐賀線に筑後若津駅開設。
- 若津に三潴保健所を開設。
第二次世界大戦後
- 1951年:
- 早津江橋架橋。
- 西鉄大川線が休止となる。
- 1952年:日田市(筑後川上流)からのイカダ流しが中止。
- 1953年:6月、昭和28年西日本水害で筑後川が大洪水。旧大川町一帯の全家屋が浸水。
- 1954年:4月1日、市町村合併促進法により、三潴郡大川町・川口村・大野島村・田口村・木室村・三又村の1町5村が対等合併し市制施行。大川市が発足。
- 1955年:大川橋が有料道路として開通。
- 1956年:佐賀線に東大川駅設置。
- 1961年:県道花宗新田線が開通。
- 1964年:大川橋取付道路(大川橋 – 中原 – 新茶屋間)が開通。
- 1966年:
- 大川橋無料化。
- 5月6日、西鉄大川線が正式に廃止となる。
- 1973年:新田大橋が架橋。これに伴い、学生専用の渡し舟「学友丸」が廃止となる。
- 1987年:国鉄佐賀線廃止。
- 1989年:6月28日、三潴郡城島町と境界変更。
- 1990年:10月、第45回国民体育大会「とびうめ国体」ソフトボール(少年男子・女子)が筑後川総合運動公園で行われる。
- 1992年:天皇、皇后行幸啓。
- 1995年:
- 7月、宿泊研修施設「ふれあいの家」がオープン。
- 8月、市内の生活水路沿いに遊歩道「メロディロード」が完成する。
- 1996年:4月、昇開橋が遊歩道として開通。
- 1998年:12月18日、三潴郡城島町と境界変更。
- 1999年:6月10日、三潴郡大木町と境界変更。
- 2000年:3月10日、三潴郡大木町と境界変更。
- 2005年:3月20日、福岡県西方沖地震で震度5強を観測。
- 2008年:3月、有明海沿岸道路が開通。
- 2009年:防災行政無線(ふくおかコミュニティ無線)が整備。
- 2016年:4月16日、熊本地震で震度5強を観測。
- 2019年:4月1日、前日をもって大川市消防本部を廃止し、消防業務を久留米広域消防本部に統合。
産業
大川市は、家具の生産地として全国的に知られています。古くから木工が盛んで、筑後川の水運を利用して木材を運び、家具を製造していました。
第一次産業
農業では、米、麦、イグサなどの栽培が盛んで、近年ではイチゴやイチジクの生産も増加しています。水産業では、有明海で海苔の養殖が行われています。
第二次産業
家具・建具は、大川市の基幹産業です。市内には300以上の家具関連の木工製造業者が集積しており、大川家具工業団地と呼ばれる企業の密集地帯があります。しかし、近年は住宅様式の変化や外国産家具の増加、少子化による学習机の需要減などにより、家具生産額は減少しています。
第三次産業
医療、福祉、教育、娯楽などのサービス業が中心です。主な商業施設としては、ゆめタウン大川があります。
市町村合併
大川市は、「昭和の大合併」で市となりました。近年では、隣接する大木町との合併を模索しましたが、実現には至っていません。
行政
大川市の行政機関は以下のとおりです。
市長
- 倉重良一(2期、2016年10月23日就任)
消防
- 久留米広域消防本部大川消防署(酒見)
警察
- 福岡県警察筑後警察署
- 大川警部交番(酒見、旧・大川警察署)
- 明治橋交番(向島)
- 三ツ又駐在所(鐘ヶ江)
- 木室駐在所(中木室)
- 大野島駐在所(大野島)
議会
市議会
- 定数:14人
- 任期:2023年4月30日 – 2027年4月29日
衆議院
- 選挙区:福岡6区(久留米市、大川市、小郡市、うきは市、三井郡、三潴郡)
交通
空港
最寄りの空港は佐賀空港で、市中心部から約15kmです。大川市役所前発着のリムジンタクシーがあります。
鉄道
1987年に国鉄佐賀線が廃止されたため、現在市内に鉄道路線はありません。最寄りの駅は、柳川市の西鉄天神大牟田線西鉄柳川駅、大木町の八丁牟田駅、柳川市の蒲池駅、久留米市の大善寺駅です。
道路
高速道路
- 有明海沿岸道路(地域高規格道路)
- 大川東IC – 大川中央IC – 大野島IC
一般国道
- 国道208号
- 国道385号
- 国道442号
- 国道443号
主要地方道
- 福岡県道・佐賀県道18号大牟田川副線
- 佐賀県道・福岡県道19号諸富西島線
- 佐賀県道・福岡県道20号佐賀大川線
- 福岡県道47号久留米城島大川線
- 福岡県道99号大川大木線
一般県道
- 佐賀県道・福岡県道140号大詫間大川線
- 福岡県道702号柳川城島線
- 福岡県道710号宮本大川線
- 福岡県道716号水田大川線
- 福岡県道734号若津港線
- 福岡県道765号鐘ヶ江酒見間線
- 福岡県道767号本町新田大川線
- 福岡県道768号新田榎津線
- 福岡県道769号新田西蒲池線
路線バス
西鉄バス久留米により、柳川市、佐賀市、大木町、久留米市方面への路線バスが運行されています。
おおかわ愛のりバス(生活支援バス)
- 無料運行される福祉バス。各地区週3日運行。対象は高齢者、障碍者のみで運賃無料。
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
大川市には、歴史的な建造物、文化施設、自然豊かな公園など、多くの観光スポットがあります。
文化財
- 重要文化財(国指定):筑後川昇開橋、旧吉原家住宅、風浪宮
- 福岡県指定文化財:木造聖観音坐像、石造狛犬、日吉神社の船神輿
- 天然記念物(国指定):カササギ生息地
- 福岡県指定天然記念物:白鷺の楠
- 大川市指定文化財:久留米藩御用絵師画稿類、旧清力酒造株式会社事務所、旧三潴銀行本店
宗教施設
- 風浪宮
- 正一位稲荷大明神
- 水天宮
- 三柱神社
- 日吉神社
- 小保八幡神社
- 住吉神社
- 大海神社
- 江神社
- 願連寺
博物館など
- 市立清力美術館
- 市立古賀政男記念館
- 三潴銀行記念館
温泉施設
- 大川温泉
年間行事・祭事
- 風浪宮例大祭
- 肥後街道を行く
- 筑後川昇開橋スタンプラリー/筑後川フェスティバルin大川/昇開橋まつり
- 大川花火大会
- 大川木工まつり
- 雲助道中
著名な出身者
- 山崎達之輔
- 山崎巌
- 山崎平八郎
- 大川栄策
- 岡幸二郎
- 陣内孝則
- KABA.ちゃん
- 古賀政男
- 古賀一成
- 古賀正紘
- 古賀誠史
- 大坪博和
- 大潮清治郎
- 輪鵬和久
- 的場文男
- 林田竜次
- 丸田輝久
- 中村サチコ
- 金子勇
- 野口忠行
- 執行正俊
- 八田康介
- 萩島哲
- 江崎道朗
- 関文彦
大川市が登場または舞台となる作品
- のだめカンタービレ
- 嫌われ松子の一生
- 白仏
電話
市外局番は0944(瀬高MA)
脚注
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- 大川市 (Okawa.City) – Facebook
- 恋するフォーチュンクッキー筑後七国ver. – YouTube
- 大川市に関連する地理データ – オープンストリートマップ
大川市は、家具の街として知られていますが、歴史、文化、自然など魅力あふれる街です。ぜひ一度訪れてみてください。
大川市についてのクイズ
大川市が位置する福岡県の南西部には、どの川が流れていますか?
大川市は福岡県南西部に所在し、筑後川が市域の西側を北東から南西へ流れています。この流れは大川市の発展に大きく寄与しており、歴史的にも水運が盛んでした。筑後川は近隣の久留米市や柳川市ともつながっており、河川交通の重要な役割を果たしていました。さまざまな河川が市内を潤し、豊かな農業や漁業を支えています。特に筑後川沿いには、多くの橋が架かっており、交通の要所となっています。また、筑後平野の一部分に位置することから、平坦な地形を生かした農業も盛んで、自然環境の恵みが市民生活に深く根付いています。
大川市はどのような産業で有名ですか?
大川市は、家具の生産地として日本国内で広く知られています。市内には300以上の家具関連の木工製造業者が集まり、大川家具工業団地と呼ばれる企業の密集地が形成されています。この地域は、古き良き木工の伝統が息づいており、筑後川の水運を利用して木材を運び、様々な家具を製造してきました。大川家具はその品質の高さから全国的に評価されており、特にオーダーメイドの家具や木製品が多く生産されています。しかし、近年は住宅様式の変化やより安価な外国産家具の増加に影響され、家具生産額の減少が懸念されています。
大川市には何という重要文化財が指定されていますか?
大川市には筑後川昇開橋が重要文化財として国指定されています。この橋は、筑後川をまたぎ、交通の要所となる場所に位置しており、その歴史的価値から多くの観光客も訪れます。昇開橋は、開閉式の橋として設計されており、船舶が通行する際に橋が上がる仕組みになっています。大川市の魅力の一部として、地域の歴史や文化を伝える重要な役割を果たしています。また、昇開橋周辺ではイベントやフェスティバルも行われており、市民や観光客が一緒に楽しむ機会が提供されています。
大川市で行われる年間行事の一つは何ですか?
大川市では大川花火大会が年間行事の一つとして盛大に行われます。この花火大会は地域住民や観光客に楽しんでもらうためのイベントで、多くの人が集まります。花火大会の開催時期には、家族や友人と共に楽しむための出店や屋台も並び、賑やかな雰囲気が広がります。また、夜空に咲く花火は美しく、地域の描いた風景を一層華やかに演出します。このイベントは、大川市の地域振興や文化の発展に寄与しており、地元の人々にとっても大切な思い出の場となっています。