埼玉県の中部に位置する比企郡吉見町は、人口約2万人の町です。豊かな自然に恵まれ、特にイチゴの生産が盛んなことから「いちごの里」として知られています。歴史的にも重要な遺跡が多く存在し、古代から人々が暮らしてきた土地でもあります。本記事では、吉見町の魅力を地理、歴史、観光、経済、交通など多角的に紹介します。
地理
吉見町は、荒川流域の荒川低地に位置し、田園地帯が広がっています。町の中央部西側には、東松山市との境に松山城跡と、比企丘陵から連なる吉見丘陵が広がり、豊かな自然を形成しています。湖沼も多く点在し、近年では長谷工業団地を中心とした工場や小規模な住宅団地が多く立地しています。吉見丘陵は、県立比企丘陵自然公園の一部に指定されており、自然豊かな環境が保たれています。
歴史
吉見町には、古代から人々が暮らしてきた歴史があり、数多くの遺跡が残されています。
古代から中世
- 3世紀後半: 三ノ耕地遺跡に前方後方型周溝墓が造られます。
- 4世紀前半: 山の根古墳が三ノ耕地遺跡を見下ろす丘陵上に築かれます。
- 5-6世紀頃: 和名埴輪窯跡で埴輪が焼かれます。
- 7世紀頃: 吉見百穴が造られます。
- 14世紀頃: 上田氏によって松山城が築かれます。
- 16世紀中葉: 後北条氏の支配下に入ります。
近世から現代
- 1869年(明治2年): 武蔵知県事・宮原忠治の管轄区域をもって大宮県が発足。
- 1871年(明治4年): 埼玉県が誕生。
- 1889年(明治22年): 町村制施行に伴い、横見郡の43ヶ村が4ヶ村に統合されます。
- 1896年(明治29年): 横見郡が廃止され、比企郡に統合されます。
- 1954年(昭和29年): 4ヶ村が合併し、吉見村となります。
- 1972年(昭和47年): 町制施行により、吉見町となります。
平成の大合併における動き
平成の大合併では、比企地区8市町村合併協議や東松山市・吉見町合併協議が検討されましたが、いずれも成立には至らず、吉見町は単独での町政運営を続けています。
人口
吉見町の人口は、1990年代後半には2万人台に達していましたが、近年は減少傾向にあります。
年 | 人口 |
---|---|
1970年 | 14,072人 |
1975年 | 14,724人 |
1980年 | 16,107人 |
1985年 | 17,043人 |
1990年 | 18,991人 |
1995年 | 21,371人 |
2000年 | 22,246人 |
2005年 | 22,217人 |
2010年 | 21,083人 |
2015年 | 19,631人 |
2020年 | 18,192人 |
行政
吉見町は、町長と町議会によって運営されています。
町長
- 宮崎善雄(2017年5月8日就任、2期目)
町議会
- 定数14
広域行政
吉見町は、比企広域市町村圏組合、北本地区衛生組合、埼玉中部環境保全組合など、周辺市町村と連携した広域行政を行っています。
地域
吉見町には、教育機関、公共施設、消防署、警察署など、町民の生活を支える様々な施設があります。
教育
- 幼稚園・保育園: よしみ幼稚園、よしみけやき保育所
- 小学校: 吉見町立東第一小学校、吉見町立東第二小学校、吉見町立南小学校、吉見町立西小学校、吉見町立北小学校、吉見町立西が丘小学校
- 中学校: 吉見町立吉見中学校
- 大学: 武蔵丘短期大学
公共施設
- フレサよしみ(吉見町民会館)、吉見町立図書館、今泉浄水場、西部ふれあいセンター、東野ふれあいセンター、中央公民館、西公民館、北公民館、東公民館、農村センター・南公民館、埋蔵文化財センター、吉見町ふれあい広場、町民体育館、武道館、吉見町B&G海洋センター体育館・プール、保健センター、介護予防施設・悠友館、老人福祉センター・荒川荘、給食センター、フレンドシップハイツよしみ、勤労福祉センター、農産物加工処理センター、農業構造改善センター、勤労福祉センター
県の施設
- 吉見総合運動公園、埼玉県企業局吉見浄水場、埼玉県衛生研究所
その他の施設
- 埼玉中部環境保全組合: 埼玉中部環境センター
消防
- 比企広域消防本部東松山消防署: 吉見分署
- 吉見消防団
警察
- 東松山警察署: 吉見交番、吉見東駐在所
経済
吉見町は、農業、工業、商業などがバランスよく発展しています。
企業
- マレリ、シチズン時計マニュファクチャリング埼玉吉見工場、東洋製罐、コカ・コーライーストジャパンプロダクツ埼玉工場、長谷工業団地
商業
- スーパーマーケット: ベイシアマート、中村ストアー吉見店
- ホームセンター: コメリ
金融機関
- 埼玉縣信用金庫吉見支店、JA埼玉中央農業協同組合
交通
吉見町は、鉄道は通っていませんが、バス路線や道路網が整備され、周辺都市へのアクセスも良好です。
鉄道
- 最寄駅: JR東日本高崎線鴻巣駅、東武鉄道東武東上線東松山駅
バス
- 川越観光バス、東武バスウエスト
タクシー
- 吉見タクシー
道路
国道
- 国道407号、国道254号(町外)
県道
- 埼玉県道27号東松山鴻巣線、埼玉県道33号東松山桶川線、埼玉県道66号行田東松山線、埼玉県道76号鴻巣川島線、埼玉県道271号今泉東松山線、埼玉県道345号小八林久保田下青鳥線
その他主要道路
- 大里比企広域農道
観光
吉見町は、歴史、自然、文化など、様々な観光スポットがあります。
歴史
- 吉見百穴: 横穴古墳群。
- 松山城址: 鎌倉時代に築かれた城跡。
- 吉見観音(坂東三十三箇所11番札所・岩殿山安楽寺): 古刹。
- 息障院(伝源範頼館跡): 源範頼が館を構えたとされる場所。
自然
- ポンポン山(高負彦根神社): 展望台があり、町を一望できます。
- 八丁湖: 釣りが楽しめる湖。
- 黒岩横穴墓群: 多くの横穴墓が残されています。
- さくら堤公園: 桜並木が美しい公園。
- 大沼(百穴湖): 古代から水田として利用されてきた湖。
その他
- 道の駅いちごの里よしみ: 地場産品を販売している道の駅。
- いちご街道: 埼玉県道33号東松山桶川線、大串 – 飯島新田までのいちご農園が並んでいる区間の通称。
- 大串毘沙門様縁日(大串毘沙門堂): 2月13日に行われる縁日。
通信網の整備遅れについて
吉見町は、かつては高速大容量通信回線網の整備が遅れており、情報格差が問題視されていました。
- 農集電話が1978年まで残っていた。
- 1990年代後半、インターネットが普及しても定額制通信サービスの提供が遅れた。
- 携帯電話やPHSの回線整備も遅れた。
- 2006年、住民運動によって一部地域で光ファイバー回線がようやく開通した。
著名な出身者
- 福澤桃介(実業家)
- 久保田智之(阪神タイガース)
- 若槻千夏(タレント)
まとめ
埼玉県比企郡吉見町は、豊かな自然と歴史が息づく、魅力的な町です。イチゴの産地として有名であり、観光スポットも数多く存在します。近年では、通信網の整備も進み、住みやすい環境が整いつつあります。
吉見町についてのクイズ
吉見町はどの河川の流域に位置していますか?
埼玉県比企郡吉見町は荒川流域の荒川低地に位置しています。この地理的な特徴から、吉見町は豊かな自然環境に恵まれ、田園地帯が広がっています。吉見町の自然といえるものは、周辺の川や湖沼だけではなく、比企丘陵に連なる丘陵も含まれており、地域住民にとって重要なリクリエーションエリアとなっている。今後も、自然保護や地域づくりに取り組むことが、地域の魅力をさらに引き出す鍵となります。
吉見町に存在する古代の遺跡に関する事項として正しいものはどれですか?
吉見町に存在する古代の遺跡の中で、「吉見百穴」は7世紀頃に造られた横穴古墳群として知られており、町のシンボル的な存在です。この地区には、多くの貴重な歴史的遺跡が点在しており、古代から人々が暮らしていた証が残されています。また、三ノ耕地遺跡にある前方後方型周溝墓や、和名埴輪窯跡なども吉見町の歴史を感じさせる遺跡です。このような遺跡は、地域の文化遺産として大変重要です。
吉見町の町長は誰ですか?
吉見町の現町長は宮崎善雄さんで、2017年5月8日に就任し、2期目を迎えています。町長は、地域の施策や行政運営の中心的な役割を担っており、町民の生活向上や地域振興に寄与する様々な活動を行っています。例えば、議会との連携を強化し、地域の意見を反映させた政策づくりに尽力しています。町の未来を見据えた施策や取り組みは、町民にとっても重要なテーマであり、今後もさらなる発展が期待されます。
吉見町にある道の駅の名前は何ですか?
吉見町には「道の駅いちごの里よしみ」が存在し、地場産品を販売する重要な施設としての役割を果たしています。この道の駅では、地域で生産された新鮮ないちごや野菜、特産品が取り揃えられており、訪れる人々に町の魅力を伝えています。特に吉見町は「いちごの里」として知られており、観光客を惹きつける要素のひとつとなっています。道の駅は、地域の振興や産業支援の場ともなっており、町の経済を支えている重要な施設です。